山口地方裁判所 昭和54年(ワ)4号 判決 1980年3月28日
原告 三和アイシー株式会社
被告 山口県
代理人 一志泰滋 山口英雄 ほか九名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二、〇〇〇万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のとおりのべた。
一 原告は自転車の前輪主軸に電動機を組込んだものをU―三〇〇自転車と命名して昭和五三年四月より製造販売した。
二 この自転車の構造性能は左のとおりである。
(一) 前輪主軸に電動機が組込まれ、後部荷台に取付けられた縦横三〇センチ、厚さ一〇センチのバツテリーからの電流がこれに通ずる仕組みであり、ハンドルに取付けられたスイツチの操作によつて前輪を駆動する。
(二) 始動の際は電動力のみによる発進は不能であり、ペダルを踏むことにより六乃至七メートル走行したのちスイツチを入れる方法で、爾後は電動力のみにより時速約一七キロで走行を継続することができる。
(三) スイツチを入れない状態ではペダルを踏まなければ走行しない。
(四) 坂道ではスイツチを入れてあつてもペダルを踏まなければ走行不能である。
(五) スイツチを入れない状態では普通の自転車と全く同一である。
三 この自転車に電動機を取付けた目的は平坦な道路での走行を補助することにあり、その結果として人力による走行が楽になつているにすぎない。運転方法としても複雑なクラツチレバー、変速ペダル等の操作を要しない。性能において軽車両たる自転車と殆どちがわない。
交叉点における右折方法をとつても、右のような構造性能にとどまるこの自転車を原動機付自転車として扱うときは却つて危険を招き交通の安全と円滑を阻害する。
またこの自転車は前記のとおり電動力のみでは発進不能であり、人力で始動させねばならないので、この意味において道路運送車両法第二条第三項にいう「原動機により陸上を移動させることを目的として製作した用具」に該当しない。用具とはそれ自体の力で仕事を達成するものをいうと解されるからである。従つてまた道路交通法に定める原動機付自転車にも該当しない。
現に身体障害者用の電動車椅子は無免許で運転されること必至であるにも拘らず、規制なしに発売されている。これとの対比からしても本件自転車は軽車両として取扱われるべきである。
四 ところが昭和五三年六月頃被告県警交通企画課長および免許第一課長において、山口県自転車軽自動車商協同組合岩国支部および山口県二輪車販売店協会岩国支部に対し「本件自転車が現行法上原動機付自転車である旨を原告に公文書で通告してあるので原動機付自転車として取締りの対象となる。取締りを強化する。」との趣旨をのべた。
この発言は、本件自転車が法の定めるどの種類の車両に該当するかについて慎重な検討を怠つたため誤つた判断を示したものであり、従つて被告は国家賠償法第一条によつて原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
五 原告は昭和五三年四月本件自転車を免許不要として発売し、加速的に売上をのばしていたところ、右発言によつて売上の減少を来した。
すなわち一台金六万九、〇〇〇円の価格による利潤同年四月金七六万円、五月および六月各金二四〇万円、七月金四四〇万円であつたところ、八月金一六〇万円、九月金一〇〇万円に減少した。
右六、七月と八、九月との各平均利潤の月額の差である金二一〇万円につき第一審の審理期間一年六月を乗ずれば、原告のこの間の損害は金三、七〇〇万円を降ることはない。よつてそのうち金二、〇〇〇万円の支払いを求める。
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおりのべた。
一 原告主張第一項の事実はこれを認める。
二 同第二項中(一)の事実、(二)のうちスイツチを入れて電動力のみにより走行を継続できること、(三)の事実、をいずれも認める。その余を争う。
三 同第三乃至五項の事実はすべてこれを争う。
四 本件自転車は定格出力〇・〇八五キロワツトの電動機を装置し、その力によつて走行することのできるものであるから、道路交通法第二条第一項第一〇号、道路交通法施行規則第一条の要件を充すものとして、原動機付自転車に該当する。
また本件自転車はその本来の用い方が電動機による場合と足踏みによる場合との二通りあるものであるから、道路でこのような用い方をすれば運転となり、運転免許を必要とする。
<証拠略>
理由
一 原告が自転車の前輪主軸に電動機を組込んだものを昭和五三年四月より製造販売したこと、この電動機には荷台取付のバツテリーからの電流が通ずる仕組であり、ハンドルに取付のスイツチの操作で前輪を駆動する構造であること、スイツチを入れない状態ではペダルを踏まなければ走行しないこと、スイツチを入れれば電動力のみで走行を継続できること、はいずれも当事者間に争いがない。
右電動機が〇・六〇キロワツトに満たない定格出力を有することは弁論の全趣旨によつて明らかである。
二 <証拠略>によれば、本件車両の電動力を使用する場合の性能について次の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。
(一) 発進に当つて平衡を巧みに保ちさえすれば、地面を後方に蹴るなどの動作なしに速度ゼロから電動力のみで発進可能である。
(二) 右のようにして発進した場合、五〇メートル先までの所要時間約一七乃至二〇秒である。
(三) 正常な加速状態における五〇メートル区間の所要時間約一三秒(時速一四キロ足らず)である。
(四) 平坦地で電動力のみにより正常な加速に至つた状態から坂道に入つた場合、勾配一五分の一(六・六六パーセント)の坂を人力を加えることなく約三〇メートル登ることができる。一〇乃至一三パーセントの勾配の場合は一〇メートル前後である。
三 以上の事実からすれば、本件車両は道路交通法、同施行規則および道路運送車両法にいう原動機付自転車に該当するものというべきである。
もとより本件車両を電動力によらず普通の自転車と同様ペダルを踏むことのみによつても運転することが構造機能上可能であることは、前記当事者間に争いのない事実と<証拠略>によつて明らかである。
しかしながら本件車両の最大の特徴、利点とされるところが電動力によつて走行できる点にあることは弁論の全趣旨によつて明らかであり、かたわら検証の結果によれば、本件車両の重量はバツテリー等電力装置の取付けにより四〇キロをもこえることが認められるので、これらの事実を併せ考えれば、ペダルを踏むことのみによる運転も可能であるとはいえ、その主たる用法は電動機による運転にあるものと認められる。
これらの事実によれば、二つの運転方法が可能であるにしても、道路における危険防止、交通安全、車両の安全性の確保等を図る前掲法規の目的に照して、車両の種類としてはこれを原動機付自転車に該当するものと解すべきである。
四 このようにして、被告の係官が原告主張のようにのべたとしても、それは原動機付自転車として電動力を用いる運転をするには免許を要する旨の当然の理を告知したことに帰するにすぎない。この発言によつて原告の売上が減少したとしても、これを被告の責に帰すべき損害とすることはできない。
またこの発言がペダルを踏むのみの方法による運転にも免許を要するとの趣旨を含むものであつたとして、且つ逆にこのような運転には免許を要しないとの法的見解に立つべきものであるとしても、このような方法による運転に終始すること乃至はこのような運転を主たる目的(二つの方法により運転する時間の長短の意味ではなく)として態々本件車両を購入する者の通常存しないことは本件車両の性能構造と社会通念に照して明らかであり、かたわら電動力を用いる運転という最大の特徴、利点を生かすためには、これを購入運転しようとする者は当然運転免許を受けるべきものであるから、発言に右の趣旨が含まれていることに起因してその売上が減少することは正常な販売関係においては考えられないところである。原告において本件車両の運転におよそ免許は不要である旨広告宣伝していたために右発言によつて売上が減少しても、これを被告の責に帰すべき損害とすることはできない。
なお、後日運転免許を取得する意図で予め本件車両を購入し、或いは免許停止期間中に後日の期間満了にそなえて予めこれを購入しておき、当面はペダルによる運転のみを続けようとする者の存在も抽象的には考えられないではないが、そのような具体的事実関係の存在についての主張立証はない。
また前記の法的見解に立つときは、ペダルを踏むのみの方法で運転すれば免許証を携帯しなくとも問責されないこととなるが、本件車両の前記特徴、利点およびこれを生かすには免許を要することを考えれば、右の方法、状況で運転しても問責されないことの持つ意義は、販売、購入いずれの側にとつても単なる附随的なものにすぎないと考えられ、発言の趣旨が右の方法、状況による運転も問責されるとの内容を含んでいたとしても、それに基づいて売上が減少するものとは考え難く、このような減少をうかがうに足る証拠もない。
五 原告は身体障害者用の車椅子との対比をいうけれども、これが法律上原動機付自転車乃至軽車両とは別異に取扱われることは、道路交通法第二条第一項第一〇、一一号、第三項一号の定めの相互関係からして明らかであるから、この点の主張は理由がない。
六 以上の次第で、その余の点にふれるまでもなく原告の請求は理由のないものとしてこれを棄却すべく、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 横畠典夫)